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順序が後先になってしまいましたが、護国寺近くの本浄寺に建設された拝鈍亭。ご住職は無類のハイドン好きかつ博識、この漢字は忙しすぎる生活に警鐘を鳴らすスローライフの提唱という意味も込められているそうです。
![]() 柿落としは落語! というところもなかなかワタクシとしては面白かったのですが、いやいや小三治師匠は素晴らしく、多くを学ぶことが出来ました。噺の途中は撮れませんでしたが… ![]() ロビーには、純和風な、しかしヨーロッパ人に見せてもすぐに分かるハイドンさんが飾られています。 ![]() 左下をよく見るとカッコイイ落款が… ![]() ハイドンの室内楽といえばもちろんクァルテット。ここで年に4回、クァルテットを中心としたプログラムを提供して参ります。全てハイドンの作品のみです。 というわけで、こんな素敵な譜面台の飾りも作っていただきました。 ![]() ![]() 基本的にいつも日曜日の午後5時から、予約なし先着83名、お代は1000円以上お志次第です。 詳細はまたホームページ等でご案内させていただきます。 次回は3月18日、どうぞお楽しみに!
皆様、
大変ご無沙汰でした! この直前の写真はフルート・クァルテット、実はこの時「楽遊会、そのてはじめ」という会を拝鈍亭で催したのでしたが、今回、12月18日はまさしく「その1」として、ハイドンのクァルテットを演奏しました。出演は若松夏美、竹嶋祐子、小峰航一と私、プログラムはop.1-1、3-5、17-4の3曲でした。op.3は全6曲がハイドン作ではなく、Roman Hofstetterという人の作曲ということが比較的最近判り、全集的な楽譜や演奏ではこれを含めないこともあるようですが、この3-5は有名なアンダンテ・カンタービレの入っている曲で、弾かないのはもったいないと思い、今回は入れることにしました。 拝鈍亭の由来は改めてご紹介します。 次回は3月18日、詳細はHPの演奏会案内でどうぞ! ![]() ![]() ![]()
ガット・サロン第4回は9.11でしたが、何事もなく滞りなく行うことが出来ました。お出で下さった皆さま、本当に有難うございました。
曲目はモーツァルトのフルート・クァルテット全曲とハイドンのフルート・クァルテット2曲、撮影はいつもOLCも撮って下さっている三浦興一さんです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() コンサートに先駆けて録音も致しました。恐らく来春頃には出るようにしたいと思っております。アルテ・デラルコ・レーベルからです。どうぞご期待下さい。 次回は来春の4月20日(金)、場所はいつものHakuju Hallです。ヴァイオリンの若松夏美、竹嶋祐子、ヴィオラの成田寛、小峰航一と共に、モーツァルトとボッケリーニの弦楽五重奏を予定しています。 どうぞお楽しみに!!
皆さま、
今頃何を、とお思いでしょうが…better later than neverと言いますので、8月のBCJヨーロッパ・ツァーの写真を幾つかアップしておきます。 今回は最初がフランス中部、それからドイツはブレーメンとその周辺でした。 Le Puy en Velayの街並み ![]() 岩のてっぺんのチャペル ![]() 階段は何段だっけ…あ~忘れた! ![]() チャペル内部 ![]() ![]() 天気も良く街並み美しく… ![]() Chaise Dieuの教会 ![]() ![]() おや、何だか知った顔が… ![]() ここからドイツ。教会はどこも光が美しいが、撮るのは難しい… ![]() ![]() そう、しかしバス移動の日は予想に反して暑かったのです! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() これ、天井の模様です。 ![]() ![]() シュニットガーのオルガン ![]() ドアのノブ ![]() Continuo組合! ![]() まだまだありますが、もう多くの方がFBにも載せておられると思うのでこれくらいにします。 皆さま、 また過激なことを、などと言わないで下さい。また写真がない、といわずに…またすぐアップします! これは先日、四日市の「りべーろとまり村」というサークルの会報に投稿した記事です。お読みいただければ解りますように、私はマジメに提案しています、チェロの音がもっと明るくクリアになることを!! ************************************************************************************** ファースト・フードの反対にスロー・フードというものがあり、またそういう考えがあるのを知らない人が結構いるようだ。世の中速い・便利が良いとは限らない。エレベータではなく、階段でゆっくり登って初めて見える景色もあるし、着いたときにはどうやってそこまで来たのか、自分の身体が良く知っている。 不思議なご縁で親しくなったある方が、80人ほどの室内楽用ホールを作られた。名付けて「拝鈍亭」、無類のハイドン好きで驚くほどの博識だが、ご住職でもある彼は「鈍さ(にぶさ・のろさ)」を拝するという事にも想いを持っておられる。私はここで年に4回、ハイドン作品のみで室内楽のシリーズを企画・演奏することを仰せつかったが、その会の名は「楽遊会」、楽友協会とは少々趣を異にする。予約なし、先着〆切、お代はお心次第という具合で、もちろん弦楽四重奏を中心に、様々な知られざる曲もお届けする予定である。 さてそうは言っても、鈍いのが良いとは言いにくいし、昔が今より何でも優れていたとも限らない。多くの事が改善されてきたのは厳然たる事実、ただ「進歩」と叫ぶときには大抵何かを捨て、時には大きな代償を払ってそれを得ていることを忘れてはならない。今の日本でそのことをひしと感じない人は、それこそよほど「鈍い」と言わざるを得ない。 ここで政治やエネルギー談義をするつもりはないが、このようなことは音楽の世界にも大いに当てはまる。楽器は本当に進歩したのだろうか。 7オクターヴ超の現代のピアノは本当に5オクターヴのピアノに勝っているか。全部がキーカバーで覆われている金管のフルートは1キーの木管フルートより表現に優れているか。全ては、その道具で演奏する音楽との関連によるのであり、道具はその音楽と不可分な存在である。 「弦楽器とはガットを張って弾くように設計されたもの」といつも言っているが、この頃はチェロに関してもう一つ、「エンドピンはもう止めよう」と提唱しようかと思っている。 エンドピンというもの、実はそんなに古い話ではない。18世紀中頃ロンドンで出版されたある教則本には、「持ち方に慣れるまで、ボタンに穴を開け、棒を突き刺して床に置いてもよい」とあり、まるで自転車の補助輪扱いである。ブラームスの晩年に至るまで、一般的にエンドピンは使われていなかった。 ヴァイオリンやヴィオラは、音域だけでなく楽器を構える位置が高く、楽器自体が触れているのは奏者の身体のみ、音は空気振動で聴衆に届く。しかしチェロは、奏者の足、椅子の脚に加えて楽器自体を床に突き刺すので、床が必要以上に共鳴してしまう。音は床の材質に大きく左右され、いかに良い梁の場所を突き当てたとしても、暗くて不自由になる。多くのチェロ奏者はこれを良いことと信じているが、本当にそうだろうか。洗脳教育ではないか。私は数多くのチェロ奏者でない音楽家から、床から持ち上げた方がずっと音が明瞭だと評された経験がある。弦楽四重奏ではチェロだけ聞こえ方が違うが、それは良いことだろうか。 楽器が重くて大変? たしかに軽いとは言わないが、エンドピン自体の重量が減るし、不必要に長い指板を少々短くすればそれだけ軽くなる。実際、大抵松ヤニで真っ白になる指板の端数センチはいったい何年に一度弾くというのだろう。誰もが毎日協奏曲を弾くわけではなし、ドヴォルジャークでも上はH止まりだ。指板を短くすると音が明るくなり、弓で弾く場所の可能性が広がって音色は豊かになる。 エンドピンがあると本当に音が大きいかどうか。それはヴァイオリンの人が楽器の裏に橋桁を使うかどうかという議論に似ている。ブラームスの友人で2番のソナタのきっかけとなったR. ハウスマンは終生エンドピンを使わず、しかし音が大きいことを新聞評に書かれているし、大きくても不自由な音がより良いメッセージを伝えるとは考えにくい。 もちろん方法は学ぶべき、あれは挟んでいるのではなく、ふくらはぎに乗せているのだが、いったん学べば楽器との一体感は素晴らしく、身体がぐっと自由になる。2000人のホールで協奏曲を弾くならどちらが得か考えればよいが、それに合わせて世界中の奏者が床に穴を開ける必要はない。あなたも試されては如何? 退け、20世紀の暗き影!
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